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滋賀県知事選三日月現職4選、県政史上初。しかし当選は交通税など公約への白紙委任ではない




まずは、当選おめでとうございます。

そして他の候補の方々も、選挙運動お疲れ様でした。

 

投票率は40.41%と過去2番目の低さ

雨が降っていただけでなく、「自民も出ないしどうせ三日月氏が再選するだろう」「投票したいと思う候補もいないし」という気持ちが選挙に行く気をなくさせたのかもしれません。これも多選の弊害の一つですね。


候補者氏名(敬称略)

得票数

得票率

大すみ もとし

96,918

21.6%

坪田 いくお

39,044

8.7%

三日月 大造

297,036

66.1%

坂本 正明

16,245

3.6%

449,243

100.00%

大隅氏は交通税反対の他、琵琶湖森林づくり県民税の見直しや行革などを掲げておられましたが、ポスターを貼り切れず、またマスコミ発表も遅かったため知名度もほぼなしの状態で21.6%もの得票をされ2位されたことは大健闘とも言えます。政策で判断された結果です。

ですがそれでも、「知事と争える対抗馬無き選挙」だった点は否めません。


前回2022年は共産党との一騎打ちで86.9%の得票率だった三日月氏ですが、さすがに66%まで得票率を下げています。


無効投票数(白紙含む)は、前回の18232票(4.1%)に比べて6151票(1.4%)と減っています。


渡瀬さんの感想。




勝者に求めたいこと

三日月大造知事は県政史上初の4選であり、29万7036票という数字は確かに重いものです。ですが、この票の多くが「交通税を入れてほしい」という意思表示だったとは、到底思えません。今回の選挙は、立憲民主、国民民主、公明、社民に加え、前回とは態度を変えたとはいえ自民までもが支持に回った、いわゆる「相乗り」の構図でした。県議会4会派の代表が選対幹部に就く盤石の体制の前に、対抗馬が政策論争を十分に届けられる環境ではなかったと言わざるを得ません。自民さんの出馬断念も遅かったこともあり、他の有力候補の方々や政党が準備しきれなかったことも大きいでしょう。


この4選は「三日月県政への圧倒的支持」ではなく、「選択肢が実質的に用意されなかった結果」という側面を、私たちは冷静に見ておく必要があります。


交通税反対
出口調査 交通税導入についてどう思うか?

 

当選は、交通税への白紙委任ではありません

だからこそ、私はまず一つの前提を確認しておきたいと思います。今回の当選は、交通税を導入してよいという白紙委任ではありません。出口調査でも反対の方が多かったのです。知事ご自身も、選挙戦を通じて「まず県の既存事業の見直しや国の支援の活用を進め、それでも財源が不足する場合に交通税を含めて検討する」「導入には県民の十分な理解が必要だ」という段階的な立場を示してこられました。ならば、当選という結果をもって「県民の理解は得られた」と扱うことは、ご自身の説明とも矛盾します。得票は交通税への同意票ではない。この一点を、私たちは県民の側からはっきりと申し上げておかなければなりません。



 


「県民の声を聴く」という言葉を、そのまま受け取れない理由


知事は、県民の声をしっかり聴く、とおっしゃいます。言葉だけを取れば、これ以上ない正論です。ですが、私たちがこの言葉をそのまま安心材料にできないのには、理由があります。

これまで知事は、反対派の意見に「耳を傾け、それに説明している」ように見えて、県民フォーラムの場では本質から外れた回答を繰り返してきました。問われているのは「なぜ新税でなければならないのか」「既存財源の見直しをどこまでやり尽くしたのか」という一点であるにもかかわらず、地域交通の重要性そのものを語ることで論点をずらす。反対の声を「聴いた」という実績だけが積み上がり、肝心の疑問には答えないまま話が前に進んでいく。この構図が続く限り、「県民の声を聴く」という言葉は、結論を変えるための傾聴ではなく、結論へ向かうための手続きにしかなりません。

 


「足りなければ交通税」という言い回しの危うさ

今回、知事が繰り返してこられたのは「まず歳出削減や国の支援で財源を確保し、それでも足りなければ交通税を含めて検討する」という論法です。一見すると慎重で段階的な姿勢に思えます。ですが、この言い回しには「足りない」という結論をあらかじめ用意しておける危うさがあります。「精一杯やったが、やはり足りませんでした」という説明さえ成立すれば、増税は正当化されてしまうからです。

 

ここで私が思い起こすのは、知事の学びの原点です。三日月知事は一橋大学在学中、財政学の石弘光教授のゼミに所属しておられました。石弘光教授は政府税制調査会の会長として、いわゆる「サラリーマン増税」と揶揄された給与所得控除や配偶者控除の縮小案をまとめられた方であり、歳出削減を先行させる当時の政権とは一線を画し、増税による財政再建を重んじた財政学者でした。すでに故人となられたその恩師のもとで財政を学ばれた知事が、果たして「もう十分に財源は足りているので交通税は入れません」と言い切ってくださるのか。私はそこに、拭いきれない不安を覚えます。「足りなければ」という条件付きの言い方は、その学びの延長線上で、増税へと向かう扉を静かに開けたままにしているように見えるのです。


 

掲げるスローガンと、現実の財政


 

もう一つ、私が気にかかるのはスローガンです。知事は「滋賀に住む誰もが行きたい時に行きたい場所へ、車を手放す選択肢のある滋賀」を掲げておられます。理想としては美しい言葉です。ですが、この理想を額面通りに実現しようとすれば、必要となる財源は青天井になりかねません。

 

もし「交通税を入れずに済む範囲で、地域交通を維持・充実させる」というのであれば、まだ話は分かります。ですが、少子化が進み、県の財政赤字の拡大が避けられない現状で、「誰もが」「行きたい時に」「行きたい場所へ」という最大公約数の理想を掲げる知事が、本当に現実的で身の丈に合った計画にとどめてくださるのか。スローガンが大きければ大きいほど、それを満たすための「足りない」は簡単に生まれ、その「足りない」が交通税の根拠にすり替えられていく。私はその流れを、強く警戒しています。

 


導入した税は、二度と引っ込まないのではないか



さらに私が強く危惧しているのは、この点です。一度徴収を始めた税が、本当に必要がなくなったときにきちんと廃止されるのか。


数年前、とある県議から直接うかがった話です。その県議さんは三日月知事に対し「もし交通税を徴収し始めたあと、交通税がなくても交通を維持できるようになったとしたら、交通税は廃税するのか」と質問されたそうです。これに対して知事は、そのようなことは考えていない、という趣旨の回答をされたとのことでした。


この答えの意味は、とても重いものです。「足りなければ交通税」という慎重そうな入り口の言葉とは裏腹に、出口については何も考えていない。つまり、交通税は最初から、状況が改善しても手放すつもりのない恒久財源として構想されているということです。実際、県税制審議会への諮問事項には「見直し時期」こそ含まれていますが、それは税率や使途の見直しであって、廃止を前提とした議論ではありません。いったん基金化された税は恒久財源として固定化し、事業を効率化しようという圧力そのものを失わせていきます。「足りなくなったら入れる」税が「足りても抜かない」税である以上、この構想は入り口の説明だけを慎重に見せた、片道切符の増税だと言わざるを得ません。

 


滋賀は終わらない!

「滋賀終わった」みたいな投稿があふれるSNSではありますが、出来ることはあります。

繰り返しますが、4選は白紙委任ではありません。「足りなければ交通税」の「足りなければ」を、都合よく生み出させないために私たちは見守る必要がありますし、また、次の統一地方選にて交通税に反対する県議を多数立候補していただき、当選していただく必要があります。そのため、確かな知識と視点を身に着けて、世論を高めていくことが重要でしょう。

ここでは今は交通税のことしか書いていませんが、多文化共生や無駄な大掛かりな工事など様々な課題についても要注目であることは言うまでもありません。


>>次のブログで、県民が出来ることをまとめます。


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