交通税とは?「公共交通は大事」それだけで交通税を判断していませんか?
- 喜多G13

- 3 時間前
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交通税は賛成?反対!?
「公共交通が大事」と「交通税が本当に必要か」は、まったくの別物です
「財政的に交通税が本当に必要なのかどうか」と、「公共交通が大事かどうか」。この二つを、混同してはいませんか。実は、まったく別のものなんです。
それなのに、賛成されている多くの県民の方は、「公共交通を守るため」という点で交通税をお考えになっています。けれど、その視点だけで判断してしまうのは、本当はとても危険なことなんです。少しだけ、このブログを最後まで読んでみてください。きっと、見え方が変わってくると思います。
交通税とは

バスや地域の鉄道といった「地域交通」を維持していくためのお金を、新しくつくる税金でまかなおうという構想です。これまで滋賀県は、徴収した税金の中から各交通事業者へ補助を出してきました。これからはそれとは別に「交通税」という新しい税をつくり、地域交通のために使うという考え方です。
滋賀県は滋賀地域交通ビジョンを定め、「滋賀に住む誰もが行きたい時に行きたい場所へ行ける、車を手放せる選択肢がある滋賀」をスローガンとしています。
つまり、赤字に苦しむ地域鉄道やバスを支えるだけでなく、バスの増便、乗り継ぎの改善、新しいタイプの路面電車(LRT)の整備など、はば広い交通施策の財源にすることが想定されています。
誰が、どこで決めているのか(税制審議会)
交通税は、三日月大造知事のもとで検討が進められています。具体的な制度設計は、知事の相談機関である「滋賀県税制審議会」という専門家の会議で話し合われています。
税制審議会は令和8年(2026年)3月4日、「みんなの移動を支え、暮らしを豊かにする新たな税のふさわしい制度について」とする中間答申を県に提出しました。県はこの答申を「今後の議論を深めるための材料」と位置づけており、これをもって新しい税の導入や制度が決まったわけではない、と説明していますが、実際は導入ありきであるかのような偏ったプロセスを通っているように思えます。
検討されている「交通税」の負担試算
不足する財源を補うため、滋賀県では県民負担を求める議論が進んでおり、県民税の「均等割」と「所得割」に上乗せした場合の試算が示されています。
年収400万だと、
税収規模:3億円の場合、1人あたり年間700円
税収規模:5億円の場合、1人あたり年間1300円
税収規模:20億円の場合、1人あたり年間5400円
事業者ですと
税収規模:3億円の場合、年間3800円+法人事業割か法人税割
税収規模:20億円の場合、年間25800円++法人事業割か法人税割
これらはあくまで目安の金額です
交通税は賛成出来る?その前に少し考えてみてください。
そもそも、今の税金は高すぎます
窓口では、年金や国保の支払い免除を申請される方が増えてきています。それほどまでに、福祉やインフラを支えている現役世代の方々は、本当に疲れ切っているのです。
だからこそ、無駄な使われ方だけは絶対に避けてほしい。そのお気持ちは、きっと私たちみんな同じですよね。
交通税が必要かどうか、判断するための情報が県民に示されていません

本来であれば、県民一人ひとりが交通税の是非を、落ち着いて話し合えるはずです。そのために欠かせないのが、県からの十分な情報公開です。ところが、その判断材料すら満足に示されていません。判断するための情報がないまま、「交通は大事だから、みんなで守りましょう」と、感覚だけで県民に判断させようとしているのです。
県民の皆さんは優しいですから、「それなら、みんなで支えよう」と思ってくださいます。けれど、政治の手続きとして、これは本当によくないことなんです。
実際に、情報公開請求もたくさん行ってきました。しかし県は、県民が「本当に交通税が必要な状態だ」と判断できるほどの情報を、用意してくれませんでした。その進め方を、私は信用することができません。
税金には「集めてよい限度」がある!
仮に交通税が本当に必要だとしても、その前にやるべきことがあります。まずは徹底的に無駄を見直すこと。そして、そもそも「税金として集めてよい限度」というものがあるはずなんです。税金はある程度は必要です。けれど、人々の暮らしや国の経済のバランスを崩してしまう国民負担率のラインというものが、確かに存在すると思うのです。そして日本は、すでにそのバランスを超えてしまっています。
私が県民の皆さんに新税や増税の判断をお願いできるのは、「滋賀県は本当に無駄遣いをしていない」「既存の財源ではどうしても対応できない」と、納得したうえで判断していただける場合に限られると思っています。もしかすると、新しい税金を作らなくても対応できるかもしれない。それなのに、その確認を十分にしないまま、重税国家になりつつある日本で、交通税に賛成してしまっていいものなのでしょうか。
「車を手放せる滋賀」は、税金さえあれば本当に実現できるのでしょうか?
滋賀県は今、「滋賀に住む誰もが行きたい時に行きたい場所に行けて、車を手放せる滋賀」を目指しています。そのために交通税が必要かもしれない、という話です。でも、本当に実現できると思いますか。言葉としては理想的で、素晴らしいものです。けれど、これを本気で形にしようとすると、いったいどれだけの費用と無駄が生まれてしまうのでしょうか。
まずは現実的に持続できるラインに抑えること。それが何より大切だと思うのです。実際、この計画には高島市の行政からも苦言が呈されているほどです。
交通拡充のメリットだけでなく、デメリットまで見てください
「すでに税金は高すぎる。本当に、今ある財源の組み換えではできないのか」 「本当に、もう削れる無駄はないのか」
公共交通を拡大するメリットだけを語るのではなく、そこにかかる費用、将来の負担、実際の利用実態、ほかの代替手段、そして無駄が生まれる可能性まで含めて、冷静に検証する必要があります。そうでなければ、今を生きる私たちだけでなく、その先の世代にまで負担を残すことになってしまいます。県民や地理的状況に会わない便利すぎる公共交通拡大には、メリットだけではなくデメリットがあることを考えなければいけません。しかし県はそれを県民に示していません。
少子化が進む今、赤字の交通が増え、その分だけ負担を背負わされてしまっては、暮らしが立ち行かなくなってしまいます。日本はすでに、給料は上がらないのに税金だけが上がり続けています。今回も、それと同じことが起きてしまいますよ。
「取りすぎた税金」と同じ過ちを、繰り返さないために
「本当に適切なのか」を確かめる手続きを、きちんと踏んでこなかった。だからこそ、これまでにも「取りすぎた税金」が生まれてしまったのです。政策の判断は、本当に無駄がないか、これが最適なのかを十分に確かめてから行うべきものです。同じ過ちを、また繰り返してはいけないと思います。
私は、このことをずっと訴え続けてきました。県議の方々も、交通税の導入プロセスも、そのための計画も行き過ぎだと、何度も何度もおかしいと声を上げてきました。それでも知事は、議会の声に耳を傾けようとしないのです。
「交通税ありきではない」と言いながら、実際にはあからさまに交通税が前提になっています。県議会でも、いったい何度指摘されてきたことでしょうか。
あなたは今、交通税の凍結をするべきだと思いませんか?









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