滋賀県の交通税、制度設計へ――「税ありき」の流れに県民と地方議会はどう向き合うべきか
- 喜多G13
- 10月21日
- 読了時間: 5分
日本経済新聞記事より
News:滋賀県の交通税、具体案を11月諮問 三日月大造知事が県税制審議会へ
10月20日、滋賀県税制審議会の諸富徹会長(京都大学教授)が、県が導入を検討している全国初の「交通税」に関する答申を三日月知事に提出しました。知事はこれを受け、11月の次回審議会で具体制度につながる諮問を行う意向を示し、2026年3月の制度骨格公表を目指すと明言しています。
答申では、コスト縮減の努力や市町の課税自主権の尊重、過度な税負担を避けることなど7つの留意点が示されたものの、新税の方向性自体には明確な否定も留保もなく、制度設計の前提条件が既に固まっている印象を受けます。
また、県の地域交通計画(骨子案)では「目指す暮らしの実現」のために年間148億円の財源が必要とされ、その一部を交通税で賄う可能性が明記されています。ここまでの一連の流れを見る限り、「交通税ありき」の方針が県行政の中で事実上定着していると言わざるを得ません。知事はそれを否定しますが(笑)
■ 財政の透明性と政策の選択肢、多様な視点の議論が欠如
しかしながら、以下のような根本的な疑問が依然として未解決のままです。
なぜ既存の予算枠組み(予算の組み替えや無駄の削減)では対応できないのか?
なぜライドシェアやMaaSなどの民間サービス活用が真剣に検討されないのか?
なぜ公共交通をほとんど使わない県民にも等しく負担を課す方式が採用されるのか?
なぜ反対意見を持つ有識者や市民が審議・フォーラムに参加していないのか?
このような疑問に答えないまま、制度設計だけが粛々と進んでいく状況は、本来、議会によってチェックされるべき行政の暴走ではないでしょうか。
■ 財源確保が目的化するなら、議会の存在意義が問われる
もし今後、県内の各市町の長や議員が「交通ビジョンに補助金がつくなら」といった財源欲しさから安易に賛成するようであれば、それは地方議会が本来果たすべき「住民の代理人」としての役割を自ら放棄するに等しいと言わざるを得ません。
住民の多くが新税導入に慎重な姿勢を持っている中で、それを無視して増税を既定路線として受け入れるのであれば、議会の信頼は確実に失われていくでしょう。
各市町の首長、行政、市町議会・県議会の皆さん、県民はみなさま方の態度を確かに見ています。利益誘導や補助金頼みではなく、公共性と正当性に基づいた政策判断をお願いします。
「県民が望むなら仕方ない」という方はこのアンケート結果をご覧ください。

■ 税はすでに高すぎる。これ以上の拡大ではなく、調整の知恵を
公共交通の維持は、決して否定されるべきではありません。しかし、それを“口実”に新たな恒久税を創設することは、もっとも安易で短絡的な解決策です。
今、日本の国民負担率はすでに約48%を超え、実質的に所得の半分が税や社会保険料として取られています。その中でさらに「新税をつくる」ことが、果たして社会として持続可能でしょうか?
なんでも足りないから増税、補助金を減らせないから増税・・・
その仕組みには、もう限界が来ています。
本来、あるべき優先順位は以下の通りです:
既存予算の見直し・不要不急な支出の削減
民間手法(ライドシェア・ボランティア交通など)の柔軟な試行
公的支援の対象・効果の透明化と評価制度の整備
これらを丁寧に検討・実行した後でかつ、本当に無駄な税金がない政治になって初めて、「税による負担」を議論するべきです。
にもかかわらず、現在の滋賀県は交通税を前提とし、制度化を急ぐ姿勢を見せています。もはや、交通ビジョン自体が「交通税導入のための道具」と化していることは明らかであり、これは複数の県議会議員からも共通して指摘されています。
「あれも足りない、これも足りない」で都度増税を選ぶのなら、福祉も足りない、医療も足りない、教育も、環境も…と、あらゆる分野で税が新設され続ける悪循環に陥ります。
先日の東近江市議選挙では、とある立憲民主党の候補が「ちょこっとバスをもっと増便し、使いやすくするべき」と言っていました。
ですが、そのちょこっとバスは、このような運行状況です。

一番赤字がひどい政所線。利用者は1回200円払っています。
ですが、その200円のための損金(赤字)は4583円です。
言い換えると、2425人に対して1143万円の経費が掛かっています。
つまり、1人を運ぶ経費が4714円です。
誰かが移動するために4500円、誰かの税金が使われています。
タクシー代補助のほうが安く済みそうなんですけど、、、
このちょこっとバスを安易に拡大するよりまず、ライドシェアやオンデマンド交通での工夫が必要で、本当に必要なところを維持する、で良いと思いませんか?
「政所に住む誰もが行きたい時に行きたい場所へ、車を手放せる滋賀」を実現するなら、いくらお金が必要なんでしょうか?それって本当に維持できるのでしょうか。
本当に狂ったスローガンです。
そりゃ交通が便利になったら嬉しいし福祉や教育にもプラスになりますよ。
当然ですよそれは。
でも、国民の財布と日本経済にも増税の限界があります。
必要なのは、拡大の論理ではなく、限られた資源をいかに賢く使うかという“調整の知恵”です。それこそが、議会と行政に今求められている最大の責任であり、県民が本当に期待している「信頼できる政治」ではないでしょうか。